新宿中村屋 明治 - 大正 - 昭和
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【昭和(戦前)時代】


 中村屋は大正末から昭和の初めに新宿に進出してきた百貨店に対抗すべく営業時間の延長や優秀な技術者の招聘、喫茶部の開設など積極的な方策を打ち出しました。また、昭和2年には中村屋を代表する3商品、「純印度式カリー」「月餅」「中華まん」を発売します。これらの施策は奏功し、中村屋は百貨店の出店にも負けず、逆に売上を伸ばすことに成功します。

 店が繁昌すると、「中村屋の店員になりたい」との応募が殺到しました。お店の将来性もさることながら、会社の福利厚生の充実もその一翼を担いました。
昭和12年には店員のための企業内学校を作り、就業と勉学を両立したいという従業員の要望に応えます。翌年には従業員の保養所を設けます。
お店は個人商店から企業となり、従業員数も増え規模も大きくなりましたが、従業員にとっての中村屋は今までどおりの大旦那(愛蔵)とおかみさん(黒光)のいる一商店でした。
 
 戦争が近づくと、店頭には食料を求めてお客様が列をなすようになります。
物資不足の中でも何とかお客様に商品をご提供したいと、工夫を重ね商売を継続します。カリーパンも、とてもお客様のご要望にお応えするだけのカリーが出来なくなった時、少しずつでも本物を味わっていただくことが出来るように創られたものでした。

 中村屋は昭和20年5月25日の東京大空襲で被災し、本店をはじめ寄宿舎、工場などすべてが灰塵に帰しました。

   

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