新宿中村屋 明治 - 大正 - 昭和
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【戦後の中村屋】

 日本一のターミナル駅、新宿。その息吹きは、戦後すぐに見ることが出来ます。終戦後1週間もたたないうちに、関東尾津組が新宿大通り沿いに闇市を開設したのです。「光は新宿より」をキャッチフレーズに、大露店市場が形成され、戦後復興、新宿発展の一翼を担いました。
新宿という街が持つ大きな力が胎動します。
 しかし一方で、尾津組により土地を不法占拠された中村屋は、そのすべての敷地を取り戻すまで約8年を要し、昭和28年の全面開業まで待つことになります。

 昭和23年、中村屋は新宿大通りに面した表側を尾津組に占拠されたまま、焼け残ったビルを修復し営業を再開します。従業員は戦前の商品の味を復活させようと尽力し、また、併せて新商品の開発を行いました。新宿、そして世の中の復興とともに中村屋も発展し、パン工房や工場の新設等も積極的に行い飛躍の時を迎えます。

 新宿中村屋本店が現在の形になったのは昭和54年。戦後復興時に修復されたビルは木造で行政指導を受けたため、昭和29年に東館を作り、そこで急場をしのぐとともに、34年に本店ビルを改築します。
 そして昭和54年には、時代の要求に応えた飲食主体のビルに変えるべく改装が行われました。日本の高度成長やそれに伴う人々のライフスタイルの変化を捉え、老若男女、先取性の高い層、文化の香りを楽しむ層、食べることを楽しむ層をターゲットとした、「味は文化です」というテーマを中村屋本店で具現化させることを目指します。また、本店の愛称を「シェモア(私の家)」とし、軽食からパーティまで、シチュエーションに応じて利用できる店舗作りを行いました。

 中村屋は新宿とともに歩み、新宿とともに成長して今年で100年の月日を数えることが出来ました。
 これからも新宿とともに歩み、新宿とともに成長していけるよう、そして、「新宿中村屋」の呼称に恥じぬためにも、一日一日を大切に積み重ねてまいります。


   

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