新宿中村屋
■中村屋伝統の”菓史”        
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◆水ようかん

●2種類の水ようかん!?
 水ようかんといっても、2種類の水ようかんがあることはあまり知られていません。 一つは葛を使用したもの。安政3年(1856)の「御菓子絵図之写」には、水ようかんの材料として"氷砂糖・小麦のこ・あづきのこ・葛の粉"が記されており、この当時の水ようかんは葛と小麦粉で作られていたようです。
 そしてもう一つが現在の主力である寒天製の水ようかん。寒天は万治年間(1656〜61)、伏見の宿屋の主人によって発見されました。この寒天を用いたようかんが作られたのは、文献では寛政の頃、喜太郎羊羹が最初ともされています。寒天製水ようかんは明治以降一般的に作られるようになりました。

●日本で初めて水ようかんの缶詰を作ったのが中村屋!
缶入水ようかんを考案した
荒井公平 氏
 現在、皆さんがよく召し上がる缶に入った水ようかん、実はこれを日本で初めて作ったのは中村屋なのです。

 きっかけは大正14年、百貨店の新宿出店。それにより大きな打撃を受けた中村屋は今までの商売を見直すため、昭和2年、当時和菓子づくりの技術において日本一の職人といわれた荒井公平氏を招き入れます。そして、夏に和菓子が売れない事に注目した創業者は、夏に好まれる"甘味が少なく、涼しい感じの和菓子"の開発を依頼。しかし、砂糖を少なくすると腐敗しやすくなるし日持ちしない、涼しさのために水々しくすると壊れやすい・・・。荒井氏は反発する"夏"と"和菓子"を調和させるため、水ようかんの缶詰の開発にのりだしました。

 第一ステップとして昭和6年、棹物ようかんの缶詰化に成功。これは、缶詰といっても密封された弁当箱型の缶の胴に穴を開け、そこからようかんを流し込み、最後に穴をハンダ付けしたものでした。

その後も研究が続けられ、ついに昭和9年、水ようかんの缶詰化に成功。水ようかんの缶詰化は普通のようかんに比べて糖度が低いため、均一に固まらないという課題がありましたが、独特の製法で生菓子の風味を損ねることなく、商品化することに成功したのです。また、この発明は昭和13年、実用新案特許の登録がされました。この水ようかんの開発は、洋風菓子の缶詰化にも大いに役に立ち、昭和44年のババロア缶詰、56年の二層タイプのコーヒークリームゼリーの開発にも生かされました。
現存する缶入羊かん
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