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中村屋に集った文化人たち

 創業者相馬夫妻の「己の生業を通じて文化国家に貢献したい」という気持ちが反映したのでしょうか、中村屋には、明治の末から大正にかけて、美術・演劇・文学その他広い分野にわたる多彩な顔ぶれの人々が集まるようになりました。相馬夫妻は、集まってきた人々に対して多大な理解と惜しみない支援を 送り続けます。この中村屋を舞台に、創業者とこれらの人々の間に繰り広げられた交友の世界は、いつしか"中村屋サロン"とよばれるようになりました。
 また、相馬夫妻はその人柄から、芸術家だけでなくあらゆる分野の人々と親交を結び、多くの人々に支えられてまいりました。
 このコーナーでは、中村屋サロンゆかりの芸術家たちや、創業者夫妻を支えた人物像やエピソードを、月ごとにご紹介します。

● 第18回 岡田虎二郎
● 第17回 島貫兵太夫
● 第16回 井口 喜源治
● 第15回 戸張孤雁
● 第14回 ラス・ビハリ・ボース
● 第13回 高村 光太郎
● 第12回 中村 不折
● 第11回 内村 鑑三
● 第10回 柳 敬助
● 第9回 秋田 雨雀
● 第8回 松井 須磨子
● 第7回 鶴田 吾郎
● 第6回 中原 悌二郎
● 第5回 會津 八一
● 第4回 木下 尚江
● 第3回 エロシェンコ
● 第2回 中村彝(なかむら つね)
● 第1回 荻原守衛(碌山)

〜中村屋サロンの芸術活動〜

出 来 事
明治41年 
荻原守衛(碌山)が欧州から帰国。角筈(現在の新宿)にアトリエを建て、そこから中村屋に通う。
42年 
碌山の帰国以来、戸張孤雁、柳敬助等のほか、碌山の説く『生命の芸術』を探るため、中村彝、中原悌二郎が中村屋に出入りし、とみに芸術的雰囲気が広がる。
43年 
碌山が友人柳のために中村屋裏の古洋館をアトリエに改造する。
碌山、喀血し息を引き取る。
柳が中村屋のアトリエの隣に碌山のアトリエを移して2階建てとし、碌山館と称して碌山の遺作を公開。
大正初頭 
黒光は中村屋の2階でロシア語とロシア文学研究の会をもち、早稲田大学教授の片上伸、昇曙夢、吉江喬松、桂井当之助等と定期研究会を開く
早稲田大学教授島村抱月主催の「芸術座」のメンバーと親交を結び、中村吉蔵、秋田雨雀、松井須磨子等と親しみ、翻訳劇、近代劇の普及に一役買う
   5年 
早稲田中学英語教師だった歌人会津八一と親交を結び、奈良朝美術の再認識と書道の振興につとめる。
   8年 
漂泊のロシア人ニンツァが中村屋をおとずれ、中原悌二郎作の「若きカフカス人」という彫刻のモデルとなる。
ロシアの盲人エロシェンコが身を寄せ、中村彝、鶴田吾郎が彼をモデルにした油絵を製作した。
ロシア歌劇団の来朝に尽力し、その成功に協力。これに感激した歌劇団の花形女優ブルースカヤの一行が、中村屋に答礼のため訪問。
10年 
小牧近江等の同人雑誌「種蒔く人」の創刊に協力(プロレタリア文学の先駆誌)
11年 
インドの詩聖タゴール来日。黒光が会談し、日印親善のため女子学生の交換を約束。
12年 
中村屋サロン脚本朗読会メンバーの希望を取り入れ、麹町平河町の相馬私邸内に土蔵劇場を開設、先駆座と命名。

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