ボルシチ

ボルシチはロシアの家庭料理

ボルシチはウクライナ伝承の家庭料理です。家庭料理ということもあり、レシピは町の数ほどありますが、簡単に言うと牛肉と野菜のスープ。主な種類としてウクライナ風、モスクワ風、ポーランド風、コープ風などがあり、ビーツという野菜やトマトなどを使用しスープに赤みを出しています。

ちなみに、中村屋のボルシチはビーツを使用せず、じっくり煮込んだトマトで赤みを出しています。

中村屋のボルシチ誕生は盲目の詩人エロシェンコとの出会いから

オルガンをひく黒光とエロシェンコ

ボルシチは昭和2年喫茶部開設当時、2大メニューとして純印度式カリーと一緒に発売されました。ロシア料理であるボルシチとインド料理であるインドカリーがなぜ一緒に販売される事になったのでしょう?ここではボルシチと中村屋の出合いについてご説明します。

中村屋に出入りした多くの外国人、その中の一人にウクライナ生まれのワシリー・エロシェンコがいました。彼は盲目でありながら優れた詩人で、日本の盲学校で学ぶため、大正3年に来日します。本国からの送金が途絶え細々と暮らしていたエロシェンコの世話を、神近市子や秋田雨雀らがロシア文学好きでロシア語が堪能であった創業者 相馬黒光に頼んだのがきっかけでした。

大正5年から黒光はエロシェンコを中村屋のアトリエに住まわせ、彼の生活の面倒を見ます。

しかし大正10年、エロシェンコはボルシェビキの嫌疑によって国外退去命令を受けてしまいます。相馬愛蔵はエロシェンコを逮捕する際、中村屋に入り込んで乱闘を起こした警官を告訴し、淀橋署長が引責辞任しましたが、エロシェンコが戻ることはありませんでした。

そんな不遇な生涯を送ったエロシェンコとの出会いが、中村屋にロシア料理であるボルシチをもたらしました。昭和2年、喫茶部開設時に売り出し、純印度式カリーとともに店の看板商品になったのです。

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