水ようかん

水ようかんの原料は?

水ようかんといっても、2種類の水ようかんがあることはあまり知られていません。一つは葛を使用したもの。安政3(1856)年の『御菓子絵図之写』には、水ようかんの材料として"氷砂糖・小麦のこ・あづきのこ・葛の粉"が記されており、この当時の水ようかんは葛と小麦粉で作られていたようです。

そしてもう一つが現在の主力である寒天製の水ようかん。寒天の歴史は1685年頃、伏見の美濃屋太郎左衛門によって発見されました。この寒天を用いたようかんが作られたのは、文献では寛政の頃、喜太郎羊羹が最初ともされています。寒天製水ようかんは明治以降一般的に作られるようになりました。

日本で初めて水ようかんの缶詰を作ったのが中村屋!

缶入水ようかんを考案した
荒井公平

現在、中村屋ではプラスチック容器の水ようかんを販売していますが、平成18年頃までは缶の容器を使用していました。この缶入りの水ようかんを日本で初めて作ったのが中村屋です。

きっかけは大正14年頃の百貨店の新宿出店。それにより大きな打撃を受けた中村屋は今までの商売を見直すため、昭和2年、当時和菓子づくりの技術において日本一の職人といわれた荒井公平を招聘します。そして、夏に和菓子が売れない事に注目した創業者は、夏に好まれる"甘味が少なく、涼しい感じの和菓子"の開発を依頼。しかし、砂糖を少なくすると腐敗しやすくなり日持ちしない、涼しさを出すために水々しくすると壊れやすい・・・。この"夏"と"和菓子"を調和させるため、水ようかんの缶詰の開発にのりだしました。

第一ステップとして昭和6年、ようかんの缶詰化に成功。これは、缶詰といっても密封された弁当箱型の缶の胴に穴を開け、そこからようかんを流し込み、最後に穴をハンダ付けしたものでした。

現存する缶入ようかん

その後も研究が続けられ、ついに昭和9年、水ようかんの缶詰化に成功。水ようかんの缶詰化は普通のようかんに比べて糖度が低いため、均一に固まらないという課題がありましたが、独特の製法で生菓子の風味を損ねることなく商品化することに成功したのです。また、この発明は昭和13年、実用新案特許の登録がされました。水ようかんの開発は洋生菓子の缶詰化にも大いに役立ち、昭和44年のババロア缶詰、56年の二層タイプのコーヒークリームゼリーの開発にも生かされました。

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